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「せっかくなので社員全員に研修してください」が上手く行かない理由|AIセミナー100回の中小企業診断士に聞く、AI導入の順番

「せっかくなので社員全員に研修してください」が上手く行かない理由|AIセミナー100回の中小企業診断士に聞く、AI導入の順番

「AI専門家を呼んで研修したのに活用が進まない」「助成金でe-ラーニング受講させたのに効果を実感できない」経営者からそんな相談を受けることが増えました。

日本、特に中小企業においてAI活用の遅れが指摘されています。先日のニュースでも6割の中小企業はAI導入を考えていないとの記事がありました。世界中で産業革命と言われている生成AIなのに、活用の遅れでこの機会を逃すのは大変もったいないことです。

では効果的なAI導入法とは。AIセミナーを約100回、個別面談を約400社、実際の支援を70数社に対して行ってきた中小企業診断士に話を聞きました。

お話を伺ったのは、合同会社そうわ経営パートナー(神戸市)の代表社員、尾形吉通氏です。建設業や電気設備工事業へのAI導入支援も豊富で、現場の実態をよく知る立場から、失敗の歴史も含めて率直に語っていただきました。

話し手について

項目内容
事務所名合同会社そうわ経営パートナー
所在地神戸市
代表代表社員 尾形 吉通 氏
保有資格等中小企業診断士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、経営革新等支援機関、M&A支援機関認定、Google AI Essential
経歴保険業界で16年(営業教育・代理店経営支援)を経て2023年に独立
現在の業務比重AI関連が6割。残りは事業承継、経営改善、資産形成などの経営コンサルティング全般
実績AIセミナーや研修を過去100回以上開催。個別面談約400社、支援70数社(累計)

「あの頃は誰も出来なかった」から始まった

尾形氏がAIコンサルティングの世界に入ったきっかけは、意図したものではありませんでした。

2023年の起業当初、事業承継の相談で商工会を訪れた際に、職員から「ChatGPTの研修ができる講師はいないか」と相談されます。尾形氏の周囲にはIT企業出身の診断士が多くいたため、誰か紹介しようと引き受けました。

「すっかりアテにして聞いて回ったら、当時はまだ誰もできなくて。しまった、確認もせず安請け合いしてしまった、と(笑)。これは仕方ないと自分で猛勉強して登壇しました」(尾形氏)

そのChatGPTセミナーが評判を呼び、他の商工会や商工会議所、経営者団体や民間企業へと広がっていきます。3年でAI関連が仕事の6〜7割を占めるまでになりました。

「社員全員に研修してください」が上手く行かない理由

最も強い口調で語られたのが、この点でした。

経営者の立場からすると費用対効果を上げたいので、講師を招くなら従業員全体に研修してほしいと考えてしまいがちです。しかし尾形氏はこれを明確に否定します。

『みんなでやろう』はなかなかうまくいかない。DXと同じで、どんどん活用を進めたい社員と、そもそもITが苦手な社員で格差が広がっていきます。そして経営者からは『遅れた社員に照準を合わせて欲しい』と追加依頼が出ます。どうしてもITが苦手な社員は古参が多いですからね」(尾形氏)

そこで支援の粒度を細かくしていきました。全体セミナーから幹部向け研修へ、さらには経営者との1on1 AIコーチングへと形を変えています。

段階対象位置づけ
1経営者1対1のAIコーチング
2幹部社員経営者が理解した後に展開
3会社全体幹部まで動いてから広げる

「まず社長自身がAIを体感し、惚れ込んでいただく。その熱を幹部に広げて、それからやっと全体向けに。徐々にピラミッドの様に広げていく。遠回りに見えてこれが着実に浸透する手順です」(尾形氏)

順番が逆になると時間と費用だけが消化され、一部の若手だけがAIを使うような事態で終わってしまいます。社長も幹部も若手が何をしているのかわからないので、AI特有のコンプライアンスを管理することも出来ません。このあたりはDXの進め方と実は同じ、と尾形氏は語ります。

社長が自分で触らない会社は成果が出ない

では、なぜ経営者からなのか。IT担当者ではダメなのか。

尾形氏が引き合いに出したのは、ある大手が手がけた決済サービスの有名な失敗例です。経営者が外部からエンジニアを招き、自身はほとんど関与しなかった結果、サービスローンチ直後に重大な問題を起こして、短期間で撤退することになりました。

「どんな便利なツールも使いこなすまでは時間も手間もかかります。そして多くの従業員は変化を嫌います。だからこそトップが粘り強くAI導入の旗振りをする必要があるのです」(尾形氏)

社長が最初に触った会社は動き出しが違うといいます。

「社長が社員にAIを自慢してくれるのです(笑)。音声対話機能を使って資料を作ってみせたり、日報を作成したり。普段ITが苦手な社長が自在にAIを使いこなしている姿を見て、社員も強く影響を受けるので浸透が早くなります」(尾形氏)

社長が率先垂範して使いこなし「ほらこんなに便利だぞ」という空気を作れるかどうか。特に中小企業や、ITが苦手な社員が多い業種では重要な要素になります。

また使うツールにも配慮しておく必要があります。Claude Codeに代表されるAIエージェントを全社員に導入するのは、セキュリティとガバナンスの観点から難易度が高めです。例えば、

  • 社長と幹部社員だけAIエージェント
  • 一般社員はMicrosoft 365やGoogle Workspace

など、使うAIは構成段階で決めてしまうのが良いでしょう。

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最初に着手するのは日常の事務作業から

どの会社のコンサルティングに入る場合も、着手する場所は決まっているといいます。

「やっぱり着手するのは日常の事務作業からです。すぐ成果を実感できることで、自分もAIを使えた、と自信を持っていただけます」(尾形氏)

尾形氏が最初に導入を進めるのが、文字起こしと会議音声の議事録要約の2つ。「これはどこでも鉄板です。AIの利便性とセキュリティの重要性を同時に理解できます」とのことでした。

小規模な会社が段階を踏んで進める手順は、中小電気工事会社のAI導入ステップでも整理しています。

建設業で最も多い依頼は、見積もりと原価管理

現場から真っ先に挙がる依頼がこの2つだと言います。背景にあるのは資材の高騰です。

「ここ数年の建材資材の値上がりは凄まじいものがあります。見積もりから実際の購入まで少しタイムラグがあると、すぐに原価が高騰して採算が合わなくなります。だからリアルタイムで把握できる原価管理、それを見積書にスムーズに反映させる方法。このあたりは強く出てくるニーズです」(尾形氏)

とは言え、将来の原価高騰の予測をAIに任せるべきではない、と尾形氏は言います。

AIを過信しない。これもAI活用の重要なポイントです。AIの仕組みや限界を理解していないうちは、まるで魔法の杖を手に入れたかのような気分になってしまいます。今後の原価高騰の予測ももしかしたらAIでできるんじゃないか、と切望してしまうのです」(尾形氏)

もちろんAIで予測システムを構築することは可能です。過去の原価推移から3か月後のシミュレーションなども出せます。ただしこれは数値的な予測に過ぎず、決して未来を予測できるわけではありません。AIの回答を盲信してしまうのは経営リスクが高いのです。

  • AIができること
  • AIに任せて良いこと
  • 人が確認、判断すべきこと

その線引きに最初は苦戦すると言います。苦労して自作したAIシミュレーションが役に立たなかった、と失望することになるからです。

AIで合理化してはいけない書類がある

AI導入を進めるリスクも語っていただきました。

尾形氏が支援する会社の若手社員が、自社の採用サイトをAIで自作しました。非常に見栄えもよく、社長も大満足する出来栄えでしたが、2024年4月以降の労働条件明示ルールが反映されていませんでした。AIに任せきりだと最新の法令などが反映されず、結果としてコンプライアンス違反を犯してしまうことがあります。AIの活用には人の確認を必ず組み込む設計(HITL:Human-in-the-Loopと呼ばれます)が必要です。

もう1件、リスク案件を語っていただきました。

「社長がAIで情報管理したいから、この棚の書類を全部スキャンしてくれ、と入社間もない社員に指示したんです。数日かかって全部スキャンして、終わった書類は溶解に出そうとダンボールに入れてたんですよ。たまたまそのタイミングで私がお伺いして、ダンボールを覗いてみたら、不動産売買契約書の原本が入っていました。危なく原本を溶かしてしまうところで、社長がひっくり返っていましたね」(尾形氏)

AI導入を進める際にはコンプライアンス体制の構築も欠かせません。

「AI導入を機に改めてデジタル化が進んでいきます。しかし業界ルールとの整合性やITリテラシー、個人情報の扱いなど、AIをビジネスで活かすには守りの面も配慮する必要があります。あらためて社内ルールの整備や教育体制も整えていくことが必要です」(尾形氏)

こうした守りを押さえたうえで進めれば、書類のデジタル化そのものは効果が大きい領域です。実際の削減事例は安全書類の作成時間を75%削減にまとめていますが、進める際は法令上の要件と、原本を紙で残すべき書類かどうかを先に確認する必要があります。

補助金よりも助成金

資金面の話は、他ではあまり聞けない内容でした。尾形氏は補助金のサポート経験も豊富な立場から、AI活用時の補助金についてお話しいただきました。

結論として生成AIの導入に補助金は向きません。理由は2つあります。1つは手間と金額が見合わないこと。もう1つはタイミングです。

「最近のIT導入補助金などは生成AI費用も対象経費です。ただ補助金を使っちゃうと、その補助金が通るまでAIを使えないんですよね。社長がものすごくAIの可能性で盛り上がっているのに、補助金を使うとなるとスタートが半年後とかになります」(尾形氏)

熱があるうちに始められないことが、最大の損失だという判断です。

代わりに使うのが、社員研修に使える助成金です。尾形氏の説明では、10時間以上の研修で受講料の75%(大企業は60%)が助成されます。賃金助成と合わせると実質的な助成率はかなり高くなるとのことでした。

ただし運用上の注意点も挙げられました。助成金は細かく適用ルールが変わるので、必ず専門家に確認しながら進める必要がある、など実務面の話もありました。

「今は国を挙げてAI導入の機運が高まっており、予算も多く割り当てられています。ChatGPTやClaudeの導入に補助金は向きませんが、例えば数千万円するようなAI搭載設備などは補助金も一考の余地があります。ぜひ使えるものは使っておきましょう」(尾形氏)

意外と大きい月3,000円の壁

尾形氏が挙げた最大の壁は、課金への心理的抵抗でした。

「セミナー参加者のうち、AIに課金している方は1割から2割ぐらいです。無料版を触ったことがある、という方が半分ぐらいです。これでも課金している方は大分増えてきたほうです」(尾形氏)

「幸いAIセミナーは非常に好評で、ぜひ中級編を、と熱望されます。しかし中級編はAIへの課金(月3,000円程度)が必要になります。そうなると参加者が急減してしまうんです(笑)」(尾形氏)

なお、この「課金の壁」を越えた経営者の反応は逆転します。AIエージェントを導入した経営者は一気に最上位プランに課金する方が多いそうです。「これなら月3万円は全然安い」と、次々と幹部社員にも高額プランを導入する傾向にあるそうです。

従業員を守るために、AIを教える

最後に、AI時代と雇用の問題を伺いました。

「AI時代に無くなる仕事は多いでしょう。特にホワイトカラーの業務は既に人員削減がはじまっています。一方で経営者、特に中小企業の社長は、誰も好きでリストラをしたいわけではありません。『そうか、自社の社員たちが今後食っていくためにはAIを教えていかないといけないんだな』と気付く経営者も増えてきました」(尾形氏)

「産業革命だから無くなる仕事もあるし、生まれる仕事もある。それなら誰よりもAIを使いこなせる会社になろう、AI時代の人材になっていこう。いま我々ができるのはこれだけですよね」(尾形氏)

社員を置き去りにした導入は、結局うまくいかないとも指摘します。過去のDXと同じで、AIが苦手な社員のために紙の仕事が残ってしまい、2重管理になってしまうからです。現場社員の積極的な協力なくして、AIのビジネス活用は進んでいきません。

取材を終えて

尾形氏の語るAI導入手順には一貫した順番がありました。

まず経営者が自分で触る。そこから幹部に広げる。全社展開はその後。着手する業務はホワイトカラー業務から。資金は補助金ではなく助成金で。社長の熱があるうちに始める。そして導入時にはかならずコンプライアンスとガバナンスの全体設計もする。

「せっかくなので全員に研修してください」という依頼を断るところから始めるというのは、支援を売る側としては勇気のいる判断です。それでもそう言い切るのは、多数の導入失敗事例を見てきたからでした。

自社でAI導入を検討している場合、最初に問うべきは「どのツールを入れるか」ではなく「社長が自分で触る覚悟があるかどうか」なのかもしれません。

導入時につまずきやすい点は電気工事のAI活用でよくある失敗5選にもまとめています。

取材協力

合同会社そうわ経営パートナー(代表社員 尾形 吉通 氏)

生成AI導入コンサルティング、経営コンサルティング、補助金・助成金の活用支援、事業承継とM&A、企業研修などを手がけられています。

公式サイト: https://souwa-ka.com/

※本記事は2026年8月31日に実施したオンライン取材をもとに構成しています。発言は主旨を変えない範囲で、読みやすさのために整文しています。制度に関する記述は取材時点のもので、適用の可否は最新の要綱をご確認ください。

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